FAZER LOGIN決戦、開幕です。 ヒマリが三万の兵の前で 啖呵を切ります。
ヒマリが公宮に荷物を運び終える頃には、夕方だった。 貴賓室の椅子に沈み込む。 疲れている。 体ではなく、頭が。 ロナ公妃の目が、まだ残っていた。 怒りと冷静が、同時に宿った目。 許していないが、切り捨てもしない目。 (あの人は、強い) そう思った。 でも、嫌いではない。 それが、余計に疲れた。 出発前、王都での会話を思い出す。「ヒマリ、今度は先に話す」 フェルマーが、ロンデル公国・外交接触案を紐解く。 またスクロールだ、とヒマリは思った。「聞くわ」「ロンデルと、婚姻を結べ」 ヒマリは、三秒、固まった。「……いやいやいや、ちょっと待って。 婚姻って、あの……結婚の、あれだよね?」 ヒマリは、ぱちぱちと目を瞬き フェルマーの細面の表情を見た。 いつもの、感情を排した顔だ。 だが、その目が、わずかに真剣だった。「政略婚だ」「いや、そういう意味じゃなくて…… 私、まだアレクシス公子と会ったこともないし、 好きな食べ物も知らないんだけど」「では、聞けばいい。 その後でアレクシス・フォン・ブリューテ公子と、 正式な婚姻関係を結ぶ」「……フェルマー、あなたは本当に、 私の人生をサラッと動かすよね」「必要な判断だ」「分かってるけど……心の準備くらいさせてよ」「現状を整理する」 フェルマーは、構わず続けた。「現在、我々の敵は二つある」 フェルマーは、指を一本立てた。「サンドランドのジギスムント。 外交と婚姻で包囲網を作りつつある」 二本目。 「そしてロンデル。 表向き中立だが、感情はヒマリに向いていない。 公妃は実権を持ち、動き次第では敵になる」 フェルマーは、指を下ろした。「このまま放置すれば、 ジギスムントがサンドランドから動いた時、 ロンデルが呼応する可能性がある」 「……それは」 「二正面作戦だ」 ヒマリは、黙った。「南からジギスムント。 北からロンデル。 その間に挟まれれば、 魔王城の結界圏外での戦闘を強いられる」 「また、次の保険があるでしょう」 「そう都合よく考えるな」 フェルマーは、静かに言った。 「ジギスムントは、学ぶ男だ」
ロンデル公国、公妃ロナ・フォン・ブリューテは、 窓の外を見ていた。 首都エルドラ公宮の執務室。 昨夜の戦闘の報告書が、机の上に積まれていた。 「七人……か」 ロナは報告書を握り潰しかけて、止めた。 死者、七名。 重傷者、二十三名。 ――たった三体で、この被害。 ヒマリの介入が無ければ、住民に被害も出ていたはず。「公妃陛下」 扉が開き、侍従が頭を下げた。 「王都の使者が参っております。 ヒマリ女王が、直接お目にかかりたいと」 ロナは、報告書を閉じた。「通しなさい」 声は、平静だった。 胸の奥が、ざわついていることを、 誰にも悟らせない声だった。 ヒマリは、思ったより小さかった。 ロナが最初に思ったのは、それだった。 童顔。黒い目。黒い髪。 髪を編み込みもせず、束ねもせず、 少女のように肩先で切り揃えている。 王都を解放した女王が、これほど小さいとは。「ロナ・フォン・ブリューテ公妃」 ヒマリは、一礼した。「お時間をいただき、ありがとうございます」 「どうぞお掛けになって。歓迎いたしますわ」 ロナは、椅子を示した。 自分も、対面に座る。 しばらく、沈黙があった。 ロナは、その沈黙を壊さなかった。 先に話すべきは、来た側だ。「昨夜の魔物について」 ヒマリが、口を開いた。「差し出がましいと思いましたが、介入させて頂きました」 「警備兵から報告があがっています」 「すべては救えませんでした」 ロナは、ヒマリを見た。「なぜ、貴方が他国の軍を気にされるの?」 会話を始めて、違和感だけが募っていく。「ジギスムントの布告を知らぬわけでもないでしょう?」「助けられる命を放ってはおけない」 「ジギスムントに代わってロンデル公国を救っていただけると、 感謝申し上げればよろしかったかしら」「感謝も許しもいりません」 率直な言葉だった。 ロナは、わずかに目を細めた。「そして、旧ロンデル軍に、許しを請うつもりもありません」 ヒマリは、静かに言った。「聞いてもいいかしら」 ロナは、静かに言った。「何でしょう」 「第四軍、いえ、ロンデル公国軍は―― 本当に、あなたが虐殺した
――ロンデル公国・国境警備隊駐屯地。 黄昏時。 空にまだ夕日が残り、地平線が赤く染め上げていた。 最初の咆哮が響いたのは、その時だった。「――来るぞ!!」 見張りの兵が叫ぶ。 次の瞬間、地面が抉れた。 森から黒い巨体が、土煙を上げて突っ込んでくる。 街の西門付近が、騒然としていた。 兵士たちが、武器を手に走り 市民が、建物の中へ逃げ込んでいる。 戦場は、門の外――街道沿い。 ロンデル警備兵、二百。 旧王都軍の駐屯兵、八百。 だが、動いているのは前者だけだった。「おい、手伝え!!」 怒鳴る警備兵に、王都軍の指揮官は眉一つ動かさない。「我々の任務はロンデル市街の治安維持だ。 西門外は管轄外となる」 「そんな理屈を言ってる場合か!」 だが、返答はない。 王都軍は距離を保ったまま、戦場を観察していた。 その間にも、魔物は迫る。 魔物は三体。 だが、一体一体が大きかった。 四足の獣型。 体高は馬の倍ほど。 皮膚は黒く、人の顔のような魔力が滲み出るように光っている。「かかれっ! 退くな!」 指揮官の声が飛ぶ。 前衛の一角が文字通り吹き飛ばされ、悲鳴と共に血飛沫が舞う。 盾列が慌てて並ぶが、遅い。「ぐあああああ!!」 盾が紙のように砕け、 兵士たちが弓なりに折れ曲がりながら数メートル先まで飛ばされる。 骨が折れる音、肉が裂ける音が連続して響く。「魔術班!! 拘束を――」 魔術師の詠唱が始まるが、二体目が背後から飛びかかり、 魔術師を丸ごと咀嚼するように飲み込んだ。 異界獣ガルガンチュア。 四足の巨体にも関わらず、地面を滑るように接近する。「くそ……!」 指揮官が歯を食いしばる。 恐ろしく強い。どこから湧いてきやがった。(こんな魔物、見たことない……!) 兵は必死に応戦する。 槍を突き立てる。 刃は通る、だが、浅い。 咆哮の個体が口を開いた。 空気が歪む。 不可視の衝撃が走り、残りの魔術師たちをまとめて吹き飛ばした。 陣形はすでに崩壊寸前。 ――終わる。 その空気が、場を覆い始めた時。 魔力を纏った、小さな人影が、 上空から降下してきた。 着地の衝撃で、土煙が上がる。 煙が晴れた時。 そこに、少女が立って
魔王城・コアルーム。 制御室の扉が、内側から封鎖されていた。 ヒマリは知らない。 フェルマーも知らない。 クルスだけが、知っていた。 スクリーンに、ロンデル公国の地図が広がっている。 都市の配置。 王都軍の駐屯地。 魔王城旧魔物の残存分布。 クルスは、それを静かに見下ろしていた。「……整理しよう」 誰もいない部屋で、声に出す。 ヒマリの習慣が、移ったのかもしれない。「ジギスムントは布告を出した。 ロンデルの感情は、今、怒りに振れている」 スクリーンに、観測データが流れる。 ロンデルの人心反応ログ。 フェルマーが見ていたものと、同じ映像だ。 ただし―― クルスの目には、別のものが見えていた。「ヒマリを虐殺者としてロンデルに行かせる訳にはいかない。 聖女はロンデルにとっての救済者であるべきだ」 クルスは、指を動かした。 魔王城深層の、旧魔物管理区画へアクセスする。 そこには、ノリスが魔王だった時代に 制御できず放置された魔物たちが眠っていた。 フェルマーの異世界召喚の実験体、本能だけで動く個体群。 数にして、十七体。 「……使える」 クルスは、慎重に計算する。 条件は三つ。 一、ロンデルの都市部は狙わない。 民間人への被害は最小に抑える。 二、王都軍が「迎撃できる」規模に留める。 ヒマリが救済に動ける余地を作る。 三、魔物の出所を、追跡できないよう処理する。「第三条件が、最も難しい」 魔王城の魔物だと知られれば、 ジギスムントの「自作自演」という布告に 根拠を与えてしまう。 だから―― 「ロンデルと王都の国境付近、 旧街道沿いの野生化区域から誘導する」 既に野生化した魔物が徘徊している区域がある。 そこへ誘導すれば、出所の特定は困難になる。 「完璧ではない。 フェルマーなら七割の確率で気づく」 クルスは、一拍置いた。 「だが、そこまでだ。 この作戦の有用さに気付けば、追及はしない」 そして、ヒマリには百パーセントで気づかれたくない。 だから、先に動く。 ヒマリが知った時には、もう結果が出ている。
報が届いたのは、夜明け前だった。 薄暗い室内で、フェルマーは一通の魔導通信文を見つめていた。 無表情のまま、それを読む。 一度。 そして、もう一度。 内容は、変わらない。 ただ――重さだけが、確かに増していく。 やがて、彼は小さく息を吐いた。 通信文には、こう記されていた。 北方王国ジギスムント王より、 全同盟国および友好国へ告ぐ。 我が王国が誇る第四軍は、 パタゴニア平原において、 魔王軍の奇襲を受け壊滅した。 死者、推定八千。 これは戦闘ではない。 ――虐殺である。 魔王ノリス、ならびに 自らを聖女と名乗る異世界人ヒマリは、 投降を求める兵士をも焼き尽くした。 ロンデル公国出身の将兵たちは、 故郷へ帰ることなく、炎の中に散った。 我々は、この蛮行を断じて許さない。 なお、第四軍は最後まで勇敢に戦った。 その死は、我が国の正義を証明する礎である。 サンドランド王都ラグナにて ジギスムント・フォン・ブリュード フェルマーは、通信文を置いた。 静かに、息を吐く。「……速い」 独り言が、誰もいない部屋に落ちた。 撤退から、三日。 これほど早く布告を出すとは。 戦場を離れながら、すでに次の盤面を動かしていた。 (さすがだ、ジギスムント) 感心と、苦さが、同時に来る。 フェルマーは、別のスクリーンを展開した。 ロンデル公国の各都市に仕込んだ、観測用の魔導眼。 その映像が、次々と映し出される。 ロンデル公国・首都エルドラ。 夜明けの広場。 布告文が読み上げられた瞬間、 群衆が凍りついた。 一瞬の静寂。 その後。「……息子が」 老いた女が、呟いた。「息子が……死んだのか……」 その声が、引き金だった。「虐殺だと!?」 「魔王軍がやったのか!」「聖女ヒマリ――魔王と変わらぬ!」 怒号が、広場を埋め尽くす。 泣き声と、叫びが混ざり合い、 空気そのものが歪んでいく。 国境の町。 帰還したわずかな生存兵が門をくぐる。 歓声が上がる。「生きてた!」 だが――「隣の息子は?」 「うちの夫は?」 問いが、重なる。 兵士は答えない。 答えられない。 俯いたまま、唇
王都の鐘が鳴った。 ――敗者ではなく、王を迎える音として。 夜明けの光が、戦火の名残を引きずる街に、 ゆっくりと差し込んでいく。 傷ついた将兵。不安げに物陰から様子を伺う住民。 その中で王城だけは、異様なほど整えられ、静まり返っていた。 まるで、この瞬間のためだけに。 玉座の間には、貴族、将軍、文官、神官、そして兵士たちが、 身分も派閥も越えて、厳粛な沈黙の中に並んでいる。 その中央、赤い絨毯の先。 玉座の前で、ヒマリは立ち尽くしていた。 白と深紅を基調とした聖女王の装束。 ひどく綺麗で――ひどく、自分に似合っていない気がした。(……なんで、こうなったんだっけ) ほんの数か月前まで。 自分は、ゴミ捨て場に捨てられた女子高生だった。 聖女として召喚され、役に立たないと切り捨てられ、 魔物の巣に放り込まれ、生き延びるために必死に戦った。 あの頃、頭にあったのは、 ただ「生きたい」という気持ちだけ。 それがどうして今、 こんな場所に立っているのか。「――聖女ヒマリ」 大司祭の声が、天井に反響しながら静かに響く。「汝は王都を解放し、民を救い、 この国を圧制から引き戻した」「ここに、錫杖と王冠を授ける」 差し出された王冠を見た瞬間、 ヒマリの喉が、かすかに鳴った。(……重そう) 場違いな感想が、ふと浮かぶ。 けれどその奥で、もっと重い何かが沈んでいた。 復讐。 最初は、それだけだった。 ジギスムント王を殺す。 この理不尽な世界を、ぶち壊す。 それだけが、生きる理由だった。 でも―― 最前列で、フェルマーがこちらを見ていた。 責めるでもなく、縋るでもなく、 ただ、覚悟を問う視線。『君は、もう楽になる道を選べない』 クルスの声が、脳裏に蘇る。(……知ってるよ) 復讐者でいる方が、ずっと楽だった。 怒って、壊して、殺して、終わり。 そこには未来も、責任もなかった。 でも―― 王になるということは、 間違え続ける役目を引き受けるということだ。 誰かを救えば、 誰かを見捨てる。 正しい選択なんて、どこにもない。 それでも。 ヒマリは、王冠に手を伸ばした。 頭に載せられた瞬間、 その重みが首から背骨を通り、心の奥へ沈み込む。(……逃げられない、
通路は、思っていた以上に広かった。 崩れた石壁の向こうへと続く回廊は、 かつての城の名残を感じさせる造りで、 ところどころに装飾の欠片が残っている。「ここが……魔王城……」 ヒマリは、足元を確かめながら歩いた。 湿った石床。 天井の高い空間には、かつての威厳が微かに残っている。「昔は、もっと栄えておりました」 先導するゴブリンが、静かに言った。「魔王クルス様が在りし頃は、 この城一帯が闇の都と呼ばれておりました」「……今は?」「主を失い、統制を失い ……強き魔物が弱き者を喰らう場所になりました」 淡々とした口調だった。 だが、その奥には、わずかな苦さ
魔王城の玉座は、今も空いている。 かつて、この場所に座っていた者の名は ――前魔王クルス。 中層から撤退したヒマリに魔物達の失望が広がる。 クルスの治世は冷酷で無慈悲だったが、 均衡は保たれ、争いは最小限に抑えられていた。「……あの方なら、こうはならなかった」 誰かの呟きが、静まり返った広間に溶ける。 その言葉は祈りであり、同時に今を否定する呪いでもあった。 だが、玉座の前に立つ少女 ――ヒマリは、その名に縛られない。「知らないよ。その魔王がどれだけ立派だったかなんて」 そう言って、ヒマリは小さく息を吸い、一歩だけ前へ出た。 玉座に落ちた影が、ゆっく
魔王城の最下層を制したヒマリは、 浄化された魔物たちを率いて、さらに上を目指していた。 ゴブリンたちが先行して索敵し、骸骨兵が重い扉を押し開く。 ゴーストたちは地図を広げ、進路や危険箇所を静かに分析していた。「ヒマリ様。中層はこれまでと違います」 一体の骸骨兵が告げる。「ここには、現魔王ノリス様に仕えている 上位の配下が出てまいります。 悪魔族と呼ばれるサキュバスや、デーモンたち…」 ヒマリは小さく頷いた。「これまで通り下層で配下を集めた方がよろしいのでは?」「後戻りは出来ないのよ」 魔物達には言えてないが、ここでの食事は劣悪だ。 ゴミ捨て場からゴーストが拾
王都ブリューテ。 王城最奥、ジギスムント王の執務室。 重厚な机の上には、広げられた一枚の地図。 他国の国境線に、赤い矢印が何本も引かれている。「西方ロンデル公国は、抵抗が激しい」 ジギスムントは淡々と告げた。「だが、魔王ノリスの軍を先鋒に出せば、一週間で落ちる」 周囲に控える貴族たちは、揃って恭しく頷く。 その表情の裏にあるのは忠誠ではない。 戦後の領地、褒賞、利権―― 誰もが腹の中で計算していた。「初戦を魔導士の結界ごと吹き飛ばしたとか、 さすがは魔王ノリス様ですな」 先月まで若い王に陰口を叩いていた 老臣が媚びるように笑う。「かつて大陸を震え上が







